今回は「円周率 \(\pi\) が無理数であること」を証明したいと思います。
本記事では1947年に発表されたイヴァン・ニーベンという数学者による証明をご紹介します。この方法では、高校数学の知識のみで証明することが可能です。私も “どこよりも丁寧な説明” を目指して証明してゆきたいと思います。
早速、証明しましょう!
まずは背理法の仮定を丁寧に。
大前提、円周率は直径に対する円周の比なので、 \(\pi\) は正の実数です。実数であることから、有理数ではないことが確認できれば無理数であることが従います。
円周率が \(\pi\) が有理数であると仮定しましょう。
\(\pi\) は正の数であるので、背理法の仮定から正の整数 \(a,b\) を用いて $$\pi=\frac{b}{a}$$ と書くことができます。これは有理数の定義そのままですね。このような正の整数 \(a,b\) を1組とって固定しておきます。
ここで、「\(a,b\) は互いに素である」という条件を考えた方もいると思います。この条件は、約分をすることによって “仮定することができる条件” であって、仮定しなければならない条件ではないということに注意しなければなりません。今回は、特に仮定する必要はありません。
証明で使う関数を導入する。
今回の証明では、とある関数の積分値について考えることになります。その関数とは区間 \([0,\pi]\) を定義域とする
\begin{align}
f_n(x)&=\frac{a^n}{n!}x^n(\pi-x)^n\quad(n=1,2,3,\cdots)
\end{align}
です。この関数のグラフの形状に関して
- \(x\) を \(\pi-x\) で置き換えても関数の形が変わらない、すなわち $$f_n(\pi-x)=f_n(x)$$ であるので \(\displaystyle x=\frac{\pi}{2}\) に関して左右対称です。
- 相加平均と相乗平均の大小関係より \(\displaystyle x=\frac{\pi}{2}\) において最大値 $$f_n\left(\frac{\pi}{2}\right)=\frac{a^n}{n!}\left(\frac{\pi}{2}\right)^{2n}$$ をとります。
グラフの山の高さは \(a\) や \(n\) によって変化しますが、\(0\leq x\leq\pi\) においては必ず左右対称な山になっているというわけです。
この関数に \(\sin x\) をかけた関数 \(f_n(x)\sin x\) を考えます。グラフとしては、山の中でサインカーブを描くので少し尖った形になります。(山の高さは変わりません。)
この山の面積を \(I_n\) とおきます。すなわち
\begin{align}
I_n&=\int_0^\pi f_n(x)\sin x dx\quad(n=1,2,3,\cdots)
\end{align}
とおくのです。この積分値 \(I_n\) について考察を進め、矛盾を導くことになります。
積分値 \(I_n\) は必ず整数になる!
\(I_n\) の被積分関数は「多項式 \(\times\) 三角関数」の形になっているので、部分積分を行うことで多項式の次数を下げて計算を進めるという方法を採用してみましょう。
\(I_n\) について、2回だけ部分積分をしてみると
\begin{align}
I_n
&=\int_0^\pi f_n(x)\sin x dx\\
&=\left[f_n(x)(-\cos x)\right]_0^\pi-\int_0^\pi f_n^\prime(x)(-\cos x) dx\\
&=\left[-f_n(x)\cos x\right]_0^\pi+\int_0^\pi f_n^\prime(x)\cos x dx\\
&=\left[-f_n(x)\cos x\right]_0^\pi+\left[f_n^\prime(x)\sin x\right]_0^\pi-\int_0^\pi f_n^{\prime\prime}(x)\sin x dx\\
&=\left[-f_n(x)\cos x\right]_0^\pi-\int_0^\pi f_n^{\prime\prime}(x)\sin x dx
\end{align}
となります。これを繰り返し \((n+1)\) 回だけ用いることで
\begin{align}
I_n
&=\left[-f_n(x)\cos x\right]_0^\pi-\int_0^\pi f_n^{\prime\prime}(x)\sin x dx\\
&=\left[-f_n(x)\cos x+f_n^{\prime\prime}(x)\cos x\right]_0^\pi+\int_0^\pi f_n^{(4)}(x)\sin x dx\\
&=\cdots\\
&=\left[\sum_{k=0}^n (-1)^{k+1}f_n^{(2k)}(x)\cos x\right]_0^\pi+(-1)^{n+1}\int_0^\pi f_n^{(2n+2)}(x)\sin x dx
\end{align}
となります。
ここで、\(f_n(x)\) は \(x\) に関する \(2n\) 次式でしたから $$f_n^{(2n+2)}(x)=0$$ となりますね。よって、
\begin{align}
I_n
&=\left[\sum_{k=0}^n (-1)^{k+1}f_n^{(2k)}(x)\cos x\right]_0^\pi\\
&=\sum_{k=0}^n(-1)^k(f_n^{(2k)}(\pi)+f_n^{(2k)}(0))\tag{\(\ast\)}
\end{align}
が成り立つのです。
上記の微分係数 \(f_n^{(l)}(0)\) について考えましょう。背理法の仮定から得た \(\displaystyle \pi=\frac{b}{a}\) と二項定理より
\begin{align}
f_n(x)
&=\frac{a^n}{n!}x^n(\pi-x)^n\\
&=\frac{a^n}{n!}x^n\left(\frac{b}{a}-x\right)^n\\
&=\frac{1}{n!}x^n(b-ax)^n\\
&=\frac{1}{n!}x^n\sum_{i=0}^n {}_n{\rm C}_ib^{n-i}(-a)^ix^i\\
&=\frac{1}{n!}\sum_{i=0}^n {}_n{\rm C}_i b^{n-i}(-a)^ix^{n+i}
\end{align}
のように、\(n\) 次以上の項だけの多項式に展開することができます。
- \(0\leq l<n\) のとき、\(l\) 次導関数 \(f_n^{(l)}(x)\) は \(x\) で割り切れるので \(f_n^{(l)}(0)=0\) となります。特に、整数です。
- \(n\leq l\leq 2n\) のとき、\(l\) 次の微分係数 \(f_n^{(l)}(0)\) は導関数 \(f_n^{(l)}(x)\) の定数項であることから、それは元の関数 \(f_n(x)\) の \(l\) 次の項の係数に \(l!\) をかけたものです。一方、上の展開より、\(l\) 次の項の係数は \(\dfrac{\mbox{整数}}{n!}\) の形をしています。今、\(n\leq l\leq 2n\) なので、それに \(l!\) をかけることで \(f_n^{(l)}(0)=\mbox{整数}\) となります。
これより、上の式(\(\ast\))で現れる微分係数 \(f_n^{(l)}(0)\) は全て整数なのです!
また、関数 \(f_n(x)\) の定義を行なったときに注意したように、\(f_n(x)\) のグラフは \(x=\dfrac{\pi}{2}\) に関して対称です。これより、対称な位置の微分係数である \(f_n^{(l)}(0)\) と \(f_n^{(l)}(\pi)\) は異なるとしても符号の違いしか生じません。つまり、上記の式(\(\ast\))の微分係数 \(f_n^{(l)}(\pi)\) もまた全て整数なのです!
以上より、\(I_n\) の積分を実行した結果「\(I_n\) は必ず整数になる」ことが言えました!
\(0<I_n<1\) なる \(n\) がある?
積分値 \(I_n\) は、正の整数 \(n\) が何であっても整数になることを見ました。
ここで、関数 \(f_n(x)\sin x\) のグラフの山の高さは \(\dfrac{a^n}{n!}\left(\dfrac{\pi}{2}\right)^{2n}\) でしたが、これは \(n\) に関する数列になっています。\(n\) を大きくしてゆくと、高さ $$h_n=\frac{a^n}{n!}\left(\dfrac{\pi}{2}\right)^{2n}$$ はどのように変化すると思いますか?
一般に “累乗より階乗の方が速く増加する” という事実をご存知の方は「分母の階乗の影響で \(0\) に近づいてゆくのでは?」と考えることができるかもしれません。その推測に基づき「山の面積 \(I_n\) が常に整数でいるなんて不可能であること」をきちんと示しましょう。
\(0\leq x\leq \pi\) における関数 \(f_n(x)\sin x\) の最大値は、\(\displaystyle \pi=\frac{b}{a}\) より $$h_n=\frac{a^n}{n!}\left(\frac{\pi}{2}\right)^{2n}=\frac{1}{n!}\left(\frac{\pi b}{4}\right)^n$$ です。見やすくするために、正の定数 \(\dfrac{b\pi}{4}\) を \(\alpha\) とおきましょう。つまり、$$f_n(x)\sin x\leq h_n=\frac{\alpha^n}{n!}$$ が任意の \(0\leq x\leq \pi\) に対して成り立ちます。
この評価の等号は \(0\leq x\leq \pi\) で常に成り立つというわけではないので、積分を計算すると等号が消えます。つまり、$$I_n=\int_0^\pi f_n(x)\sin x dx<\int_0^\pi h_n dx=\pi h_n$$ となります。
ここで、\(\alpha\) より大きな整数 \(N\) を考えます。このとき、\(n\) が \(N\) より大きいときを考えると
\begin{align}
h_n
&=\dfrac{\alpha^n}{n!}\\
&=\frac{\alpha}{1}\times\frac{\alpha}{2}\times\cdots\times\frac{\alpha}{N-1}\times\frac{\alpha}{N}\times\frac{\alpha}{N+1}\times\cdots\times\frac{\alpha}{n}\\
&<\frac{\alpha}{1}\times\frac{\alpha}{2}\times\cdots\times\frac{\alpha}{N-1}\times\frac{\alpha}{N}\times\frac{\alpha}{N}\times\cdots\times\frac{\alpha}{N}\\
&=\left(\frac{\alpha}{1}\times\frac{\alpha}{2}\times\cdots\times\frac{\alpha}{N-1}\right)\times\left(\frac{\alpha}{N}\right)^{n-N+1}
\end{align}
となります。…見にくいですね。見やすくします。
\(0<\alpha< N\) より \(1\) 未満の正の数である \(\displaystyle \frac{\alpha}{N}\) を改めて \(r\) として、さらに $$c=\frac{\alpha}{1}\times\frac{\alpha}{2}\times\cdots\times\frac{\alpha}{N-1}\times\left(\frac{\alpha}{N}\right)^{-N+1}$$ とおきましょう。そうすると $$h_n<cr^n$$ となります。
右辺は公比が \(0<r<1\) である等比数列ですので、\(n\) を大きくするといくらでも \(0\) に近づけることができます。例えば、$$h_n<\frac{1}{\pi}$$ となるような \(n\) も存在します!
議論も大詰めです。そのような(大きな)\(n\) について
$$
I_n<\pi h_n<\frac{1}{\pi}\times\pi=1
$$が成り立つのです!
一方、\(I_n>0\) は明らかですね。
これより「\(0<I_n<1\) なる \(n\) が存在する」ことが言えました!
矛盾が生じたということは…
以上より、次のふたつが導かれました。
- 任意の \(n\) に対して \(I_n\) は必ず整数になる。
- ある \(n\) に対して \(0<I_n<1\) となる。
これらは辻褄が合いませんね。そう、矛盾が生じました。
つまり、自分が設けた「円周率 \(\pi\) は有理数である」という仮定が誤りだったということです!
これより、背理法から「円周率 \(\pi\) は有理数ではない」ことが結論されます。
そこで、円周率 \(\pi\) は実数であったので、無理数の定義から「円周率 \(\pi\) は無理数である」という結論を得るのです!!
これで、証明は終了です。お疲れ様でした。
最後に
いかがでしたか。円周率 \(\pi\) が無理数であることの証明、お楽しみいただけましたでしょうか。
今回は、円周率 \(\pi\) の無理性の証明を行いましたが、その中で言及した
- 背理法で無理性を示すときには実数であることが前提にあること
- 累乗 \(\alpha^n\) と階乗 \(n!\) では階乗の方が速く増加してゆくこと
このふたつに関しては、他のテーマを考えるときにも議論の落とし穴になったり解決の鍵になったりする要素になります。頭の片隅にでも留めておいてください。
円周率 \(\pi\) が無理数であるということは、言い換えれば「有理数係数の1次方程式 \(ax+b=0\) の解にはなり得ない」ということですよね。
なんと、円周率 \(\pi\) はさらに強く「如何なる有理数係数の方程式の解にもなり得ない」ことが言えるのです!
驚きですね…。例えば \(\sqrt{2}\) は無理数ですが $$x^2-2=0$$ の解になっていますから、\(\pi\) とは違いますね。
この \(\pi\) のような数を超越数と呼びます。気になる方は “リンデマン=ワイエルシュトラスの定理” について調べてみてください。
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